宮滝遺跡の調査歴と最近の成果

現在、吉野町では宮滝遺跡の史跡公園化に向けた整備を進めています。このページでは、史跡公園化整備にむけて行った発掘調査の成果を一部ご覧いただきます。いずれもPDFファイルになります。容量にご注意ください。


○現地説明会資料等(PDFデータ)


平成28年度発掘調査現地説明会資料(第68次調査)454KB

平成29年度発掘調査現地説明会資料(第69次調査) 295KB

宮滝遺跡第69次発掘調査について 9MB

宮滝遺跡第70次発掘調査記者発表資料 998kB



image2.jpg

第69次調査で確認した大型掘立柱建物のイメージ図


○発掘調査歴

宮滝遺跡の第67次調査以前は、奈良県立橿原考古学研究所などによって行われてきました。主な成果は次の通りです。

次数

調査主体

調査年度

主な検出遺構・遺物

0

木村一郎

不明

表採による調査

中岡清一

不明

古代の石敷き遺構、石組み溝、瓦、須恵器、縄文土器など

1次

奈良県史蹟名勝天然記念物調査会

末永雅雄氏

昭和5(1930)

昭和13(1938)

弥生時代の土器棺墓、古代の石敷き遺構、石組み溝、平安時代の礎石か、

縄文土器(宮滝式ほか)近世墨書土器ほか

17次










奈良県立

橿原考古学研究所

昭和53(1978)

古代の掘立柱塀

19次

昭和53(1978)

弥生時代の方形周溝墓、古代の掘立柱建物

23次

昭和54(1979)

古代の石組み溝

25次

昭和54(1979)

弥生時代の方形周溝墓、古代の掘立柱建物

26次

昭和55(1980)

弥生時代の方形周溝墓、竪穴住居、古代の掘立柱塀

27次

昭和55(1980)

弥生時代の木棺墓、古代の掘立柱塀

29次

昭和56(1981)

弥生時代の土坑墓、古代の掘立柱塀

30次

昭和57(1982)

古代の掘立柱塀

31次

昭和57(1982)

古代の掘立柱塀

32次

昭和57(1982)

古代の掘立柱建物、中世の火葬墓

34次

昭和59(1984)

弥生時代の方形周溝墓、古代の掘立柱建物

35次

昭和59(1984)

飛鳥時代の土坑、平安時代の掘立柱建物

36次

昭和60(1985)

昭和61(1986)

古代の掘立柱塀、石敷き遺構・石組み溝・掘立柱建物

38次

昭和62(1987)

弥生時代の方形周溝墓、土坑墓、飛鳥時代の土坑墓、古代の掘立柱建物、

柵列、平安時代の礎石建物

41次

平成元(1989)

古代の掘立柱建物

43次

平成2(1990)

弥生時代の方形周溝墓、古代の池状遺構

44次

平成2(1990)

古代の池状遺構、飛鳥時代の掘立柱塀か

52次

平成9(1997)

弥生時代の溝、古代の石組み溝

58次

平成12(2000)

古代の石組み溝、掘立柱建物

67次





吉野町

平成27(2015)

平成28(2016)

古代の土坑、石組み溝

68次

平成28(2016)

平成29(2017)

古代の石敷き遺構、石組み溝、掘立柱塀、土坑

69次

平成29(2017)

平成30(2018)

古代の掘立柱建物、掘立柱塀

※宮滝遺跡に関する詳細な資料については、お近くの図書館などで『憧憬古代史の吉野』(購入希望の方はこちら)や発掘調査報告書(『宮滝の遺跡』や『宮滝遺跡(遺構編)』など)をご覧ください。

※古代とは、飛鳥時代~奈良時代をさします。